

日本のログハウス関係の雑誌に、ビル・ワイエットに関するものが何度か掲載されているが、中でも
ウッディライフ誌には8ページに渡り詳細な紹介記事を掲載した。
「ログハウスの世界のクラフトマン、職人というよりは芸術家」
エド・キャンベルの一番の高弟であり、草創の頃から一貫して
エドのログハウス作りを、スタッフとして支えてきた
エドの仕事を手伝うかたわら、BC州のシュスワップ湖のほとりに
1ヘクタール(10000u =約3300坪)の土地を持ち、
その中に
いろいろな建物を造利続けてきた。
の中に
ピースエンピースの自宅をはじめとしてサウナハウスやワークショップなど大小さまざまなログを素材とした
建築を趣味でつくっている
ログハウス・メーカー「ログホームズ社」のデザイン・コーディネーターとして、主に階段周りを担当している。その彼の作品は、常に繊細で、美しく自然のイメージだ。
彼がそれほどまでに自然にこだわり、ログハウスにこだわる理由はいったい何だろうか。
ビル・ワイエット。1941年、オンタリオ州ポートスタンレー出身。子供のころから鳥や魚などの自然が大好きだった彼は大学在学中、動物学を専攻するかたわら、夏の間はオンタリオ州立公園でナチュラリスト(訪れる人たちのガイドや監視の仕事)として働いていた。
そして卒業後も、自然のなかでできる仕事ということで、カナダの国立公園のナチュラリストを続けていた。
彼がスペリオル湖のプカスクア国立公園のチーフ・ナチュラリストとして勤務していたとき、公園の監視員の前哨基地として、ログハウスを手作りしようと提案した。
初めのうちは、仕事の仲間達もログハウスつくりに興味をもち、ログビルディングの練習をしようと張り切っていた。しかし、そのうち仲間達の興味も薄れ、一人抜け、二人抜け・・・結局、最後には
ビルひとりになってしまった。それでも彼は
写真:制作に3年間費やした、ビルの自信作
サウナハウス
本を片手に仕事のない週末だけを利用意して
作り上げることに成功した。
たった一人でやり抜いたそのログハウスづくりはとても面白いものだった。それに対して、公園の仕事の、あまりに官僚的な気風に嫌気がさしていた。それならばと、彼はログビルディングを生涯の仕事にしょうと心に誓ったという。




その中で、あれこれと説明してくれる。 「ログハウスに使用する木は、1000年以上も生きられるはずのものだから、その木を使うときには、自然に敬意を表しつつ作業しなければならない。
札幌に家を作ったとき、ビルはこんな階段を作ってくれた
自然の丸太や曲がり木を上手く使った階段である
まるでパズルのように、組み合わせるのに苦労
した。
「どうだ、上手く組めたかな」とにやりと笑う顔が
浮かんだ。
ビルに頼むときは一切注文をつけない。
どんなものが送られてくるのか、着いてみないと
我々もわからない。

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