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日本のログハウスの学校 ログホームガイドの記事 

ログハウスの学校は「ログホームガイド誌」に 取り上げられた。
当時 アメリカ カナダでも ログハウス関連の雑誌は2〜3誌より
なかったが、その中で最も人気のあった専門誌である。
  日本の新聞(中央紙、地方紙) とともに


ログホーム社を訪問したときの様子と
雑誌誕生の背景にあるドリス・ミュアーを 紹介する、


Log Home Guide (カナダ)

関連ページi
世界一のログハウスを作った男

カナダの丸太組みの学校

                                

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1ログホームガイド p1

ログホーム誌に「日本での初めての本格的なログハウスのスクール」と紹介された
左上:アメリカのログハウス専門誌「ログホームガイド」の表紙「カナディアン ログビルディング スクール」      とカタカナで書かれているのが分かるだろうか?

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2 ログホームガイド p2

 
 
 上の写真はこの記事の中の一枚、長野の八千穂村で開催した時のものである。 10名ほどで1本の丸太を運んでいる、この1本の丸太が500kgもあったろうか、必死で持ちこたえているのが生徒達の表情からうかがえる。
 
 道具ひとつ作るにも苦労した。生徒達が持っているのがダブル・トングと呼ばれる道具で、日本では手に入らない。 作ってくれそうな人を探し歩き、淺川さんという地元の小さな鍛冶屋さんに引き受けて貰った。設計図らしき物を描き淺川の親父さんに説明し、見よう見真似で作ってもらったものである。 皮むきの道具も作ってもらった。列車のスプリングを使ったもので、切れ味が良く頑丈で長持ちした。

左下:山中でログハウス作りに励む生徒達。
左上の写真、チェーンソーのデモンストレーションをしているのが校長の三浦


丸太をどこで手に入れるか、教科書は、生徒集めは・・数限りない課題をクリアしなくてはならない。全ての仕事が手さぐり状態であり、全くゼロからの立ち上げであった。
 このスクールサイトにしてからが、伝手を尋ね歩き、広大な山林の一角を借りて自分達で整地し丸太を組む場所を確保したのである。 木を伐採しブルで根を掘り起こし取り除くという、まさに開拓者の気持ちであった。
 ログスクールを実現するのに無我夢中で過ごした日々、今この雑誌を改め見ると、誌面から生徒達の熱気が立ち登り当時の興奮とエネルギーが蘇ってくる。


3  ログホームガイド誌の誕生

 
ログハウスを専門に扱う初の雑誌「ログホーム誌」誕生とビクターナイマークとの出会い
について書いてみたい。

  ドリス・ミュアーが創刊号の取材旅行で走り回っていた頃のことである。アドレという町で会ったあるビルダーに「あんた、ビクター・ナイマークに会ってみたいと思わないか」と聞かれた。彼女もこの伝説的なビルダーの名前は知っていた。

 「勿論会いたいけど彼はまだ生きているの?」と聞き返すと「そうとも、彼の建てたログハウスのひとつに俺は住んでいるのさ」と言うではないか。

世界一のログハウスを作った男

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4 ビクター・ナイマーク

 
 彼の紹介でドリスはビクター・ナイマークに会い、シャトー・モンテベーロ誕生のいきさつを直接聞くことが出来、創刊号の目玉記事となった。さらにタイミングの良いことに、創刊号が刷り上ったまさにその同じ月にログハウス業界初めての世界会議がアルバータ州のバンフスプリングスで開催されることになった。
 
 彼女はその会議にビクター・ナイマークを招くよう主催者側と交渉し了解を得る。
 ドリスは片手に出来たてのログホーム・ガイド誌を、片手にビクター・ナイマークを伴いさっそうとこの世界会議に出席したのだった。


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5 サミットの開催

 
1980年ログホーム・ガイド社は克明に記録された当時の写真と建設の記録そしてナイマーク氏へのインタビューをもとに「ビルディング・ザ・シャトー モンテベーロ」を出版する。
 翌1981年このシャトー・モンテベーロはサミット(先進国首脳会議)の会場に選ばれた。鈴木善行首相、レーガン米国大統領、サッチャー英国首相を始め8カ国の首脳が参加し何億人という人がこの世界一のログハウスをテレビで見ることになる。

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6 ログホーム社訪問

     

後列右 三浦 その左がミュアー
     カナダで開催したログスクールの最後にモンテベーロベーロを訪ね、その近くにあったログホーム
 ガイド社を訪問した  

 ログホーム・ガイド社はモンテベーロへと向かうメープル街道沿いにあった。外観は普通の民家と変わらない。社員は7〜8人だろうか、皆忙しそうに立ち働き活気がある。
 ドリスと社員達は日本から来た我々を歓迎してくれた。
     
 ドリス・ミュアーはこの時丁度50歳、創刊から7年ほど過ぎて出版社として十分な実績を積んでいる。笑顔を絶やさないエネルギッシュで暖かさを感じさせる人だった。
 ログハウスの本を漁るのに夢中な生徒達を自由にさせておいて、私はドリスと話し込んだ。

 日本のログハウス事情を聞いてくる。「事情も何も、私がスクールを始めたのが日本のログハウスのスタートのようなものだから、まだまだこれからだ」などと話した記憶がある。
 一見普通のおばちゃんであるが、話し始めると私の目をひたと見据えて、身振り手振りをまじえて一言一言自信に満ちた明快な話振りである。 人を惹きつけてやまない魅力と、ある種のカリスマ性すら感じさせた。
     
   
     
     
     
     
     

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